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リビングデッド・ベイビー / 三堂マツリ 感想・紹介記事

 今回紹介する『リビングデッド・ベイビー』は先日無事完結した『ブラック・テラー』の単行本に収録される読切作品です(発表自体はブラック・テラーより前ですが)。 

 こちらの感想記事は単行本発売後にのんびりと書こうと思っていたのですが、今日はとても嬉しい事があったのでキューキョ筆を執ることと相成りました。

 

 

 こんなことならもっと早く感想記事を書き始めて、4~6話分も掲載したかった。とはいえ後の祭りですので、せめて間に合う表題作だけはと考えた次第です。

 

www.comic-zenon.jp

 

 2018年1月23日現在、無料で全編読めます。単行本発売頃には掲載終了となる可能性もありますので、お早目にどうぞ。もしくは単行本買ってください。

 

www.tatan.jp

www.aerodyne0739.net

 

 

 

紹介

 少年グレッグは亡くなった黒猫を抱きしめていた。彼の母は黒猫を埋葬しようとするが、いつまで経っても亡骸を手放そうとしない息子に困り果てた。

 「あなたがそんなにキティを可愛がってたなんて・・・」

 ぼやく母に対して、彼は心の中で思った。

 「ちがうよママ 死んじゃったから かわいいんじゃないか」

 

 時が経ちグレッグは立派な青年へと成長していた。姿形は他の人々となんら変わりないが、彼の感性はそうではなかった。黒猫を看取った7歳のあの日以来、彼は「死者」に対して”のみ”好意を抱くようになっていたのであった。

 

 グレッグは夜な夜な墓場を訪れては土葬された女性を掘り返し、一夜限りの逢瀬を楽しんでいた。人目につかない夜中だけの秘密のデートは、使い古されたスコップで土の中へそっとしまわれる。

 

 その夜も、お楽しみの後はただ帰るだけだった。あの声を耳にするまでは。

 墓石の下、つまり土の中から赤ん坊の泣き声が聞こえる。それはヴィクトリアのお墓、10ヶ月前にたった一度きりデートをした美しい女性。

 

 家に着いたグレッグの両腕には例の赤ん坊が抱かれていた。彼の頭にまず浮かんだのは恐怖や奇妙といった言葉ではなく、これがきっかけとなり過去の”夜遊び”が世間にバレる事への不安であった。

 「コイツに僕の人生の楽しみを奪われてたまるか!」

 

 さらに時は経ち、グレッグはヴィクトリアと名付けた少女と二人で暮らしている。

 彼女はとても可愛らしく、年相応に無邪気でわがまま。一方で死者しか愛せないグレッグにとっては大きな悩みの種でしかない。いっそ彼女を捨ててしまえば以前のような自由と背徳にまみれた生活に戻れるのではないか。そんな考えが頭をよぎった矢先にも、彼女だけは自由に遊びまわっている。

 

 タイプライターを打つグレッグの背中は、いわゆる”働く男”のそれである。しかしそんなことはヴィクトリアには関係ない。仕事の邪魔をしてくる彼女の首を絞めてしまおうか、そうだそれがいい。彼の両手は彼女の細い首へと伸びていき・・・。

 

 曲がった襟元を正してやる。彼女の相手はどうにも調子が狂って仕方がない。

 そんな情緒不安定なグレッグをみかねてヴィクトリアは花を差し出す。それは外で遊んでいる時に見つけた、ポケットの中でくしゃくしゃになった花。

 潰れた花を手に悪態をつくグレッグに、悲しそうな表情をするヴィクトリア。

 「押し花にでもすれば平気か」と呟くグレッグに、嬉しそうなヴィクトリア。

 

 その晩、いつものように2人分の夕飯を用意したグレッグはヴィクトリアに声をかける。しかし部屋に彼女の姿を見つけられず、彼は慌てて家を飛び出す。

 月と懐中電灯だけが照らす暗い森の中をグレッグは走る。だがふと足を止めた時に、彼の頭の中には冷酷な考えが通り抜ける。

 「むしろ好都合じゃないか このままどこかで勝手に 野垂れ死んで」「・・・くれれば・・・」

 

 次の瞬間、グレッグの目に映ったのは両腕に小さな花を山ほど抱えた少女の姿。

 ヴィクトリアが集めていたのは昼間の潰れた小さな花。いつも不機嫌なパパが怒らなくなった小さな花。

 「そんなに僕って頻繁に怒ってるか」

 「だってパパが言ったんだよ 「いつも怒ってる」って」「今も怒ってるでしょ?」

 「別に怒ってない これは・・・」

 

 「何なんだろうな これは」

 

 手を繋ぎ家路につく二人を月だけが見ていた。

 

 家に帰って安心したのか、グレッグはいつもの調子で悪態をつく。そんな彼とは正反対にヴィクトリアは上機嫌である。花の名前を知りたいという彼女に対して、彼は本で調べろとそっけない返しをする。

 

 花の絵と名前が載っている本は本棚の一番上。幼いヴィクトリアの手が届くはずもなくイスを使って無理に取ろうとする。

 

 生きている人間というやつは思い通りにはいかない。子どもであれば尚更だ。そんな事を考えているグレッグの手には小さな花が一輪あり、いつもと違ってどこか頬が緩んでいる。しかし彼の上機嫌は隣室で起こった大きな物音に断ち切られる。

 ヴィクトリアは仰向けになって床に倒れ込み、辺りにはたくさんの本が散らばっていた。彼女を起こそうとしたグレッグの手には。

 

 ヴィクトリアの千切れた腕”だけ”が掴まれている。

 

 何事もなかったかのように起き上ったヴィクトリアは本の中から探していた花の名を見つける。その名は「ミオソティス」。しかし美しい花の名は動転したグレッグの耳に届く筈がない。

 

 どんなに容姿が、心が普通であっても、ヴィクトリアがグレッグと死体のハーフであるという事実は揺るがない。

 

 ある雨の日にヴィクトリアは外で遊びたいと言い出す。制止するグレッグの言葉に不思議だと言わんばかりの彼女。もはや彼女の眼球は光を受け止めず、かろうじて耳と口は機能しているようだ。

 

 左腕と右足を無くしたヴィクトリアの周りには、彼女というご馳走を今か今かと待ち構える虫が集まってきている。そんな状況でも彼女は、痛い所も苦しい所もないという。

 もう残された時間は少ないと悟ったグレッグは彼女に秘密を打ち明ける。

 

 「本当は死んだ人間が好きなんだ」「だから安心しろ・・・お前が・・・もし・・・」

 

 「うん」「ありがとう」

 

 「違う 違う違う違う」「そうじゃない」「そうじゃないんだ!」

 

 

 ヴィクトリアはグレッグにとって初めて愛することができた生きた人間。

 初めて死なないでほしいと願ってやまない、最愛の娘。

 

 グレッグの告白を聞き届けたヴィクトリアは、ただ一言。

 「じゃあ・・・ パパはもう 大丈夫だね」

 

 

 ヴィクトリアを看取ったグレッグは晴れて念願の自由の身となった。彼が向かうのはもちろん夜の墓地。かつてデートをした女性の墓石を見つけては親しげに話しかける。彼の手にスコップはない。

 かわりにポケットに手を突っ込んで取り出したのは潰れた小さな花。

 

 グレッグは掘り起こした墓石を一つ一つ訪ねては過去の行為を詫びていく。小さな花を供え、少しばかりの声をかけるとその場を後にする。謝らなければならない女性が大勢いるからだ。

 

 「まだしばらく墓通いは続きそうだが」

 「それが終わればきっと また新しく始められるだろう」

 「ヴィクトリアが教えてくれた」

 「ミオソティス」

 

 花言葉は・・・

 

 

感想

 

 「こんなのあらすじじゃないわ、ただの本編よ!」

 「だったら(漫画を)読めばいいだろ!」

 細かい描写や表情、載せてないけどグッとくるセリフなど、こんな駄文じゃ本編の魅力なんて全然伝えられていません。どうか本編を読んでください!

 

 この作品は私が三堂先生に興味を持つきっかけになった思い出の一作です。朝の通勤電車の中で不覚にも涙していました。いい歳こいた成人が、だからこそ、こういうのに弱いわけです。

 

 さて。身も蓋もない事を言ってしまうと道徳観念がヤベーやつが人間性を取り戻していくお話です。

ダークソウル 人間性を取り戻す

 テーマとしてはかなりダークというか猟奇的というか。危うくギリギリになりそうなネタをマイルドに落とし込んでいるのは、ひとえに三堂先生のストーリー構成と絵柄のおかげと言ってもいいでしょう。

 またミオソティスの周りを飛ぶ(ように見える)虫など、細かい伏線や情景描写も散りばめられています。これらの特徴は、後に連載されるブラック・テラーにも通ずる作風の根幹と言えるでしょう。

 

 この作品の良い所は何と言っても、嫌な人物が登場しないことです。ここでいう嫌な人物とは、主人公グレッグに対して迫害を加えるような他者を指します。

 一般的な倫理観とはかけ離れた性癖をもつグレッグをわざわざ否定するような攻撃的なキャラクターがいないので、余計なストレスを感じません。

 

 ではなぜ否定的な他者が登場しないのか。それは「この作品の本質が死体愛好の是非ではない」からです。個人的には、極端に言えばグレッグの性癖の対象は非実在少年でも小児嗜好でも同性愛でも良いのです。人間なんて所詮、多かれ少なかれ拗らせているものです。

 

 本当に大事なのは「実際に身近にいる誰かを愛せるか」という事に尽きます。

 死体しか愛せないと信じていたグレッグは、最終的にはヴィクトリアに生きていて欲しいと願う。思い通りにならず暖かい肌をした少女でも、最後には娘と思える。

 

 最後の墓参りのシーンからも、グレッグが死体愛好から更生したという雰囲気は感じられません(そもそも性癖に更生も何もない)。しかしそんな自分らしさを保ちながら卒業することはできました。

 死体を美しいと感じながらも、過去を反省して自身を戒める。そして地に足をつけて誰かを愛そうと前向きに進もうとする。

 

 そんな単純で普遍的な「誰かを愛する」という事が本質ではないかと思います。

 

 それにつけても綺麗なショートムービーを一本観た後のような爽やかな読後感は、改めて読み返しても褪せることがありません。もし将来的に自分にも娘ができて、この話を読み返したらさらに感慨深くなるのでしょうか。

 

 最後に。私が一番好きなのは押し花のシーンでのヴィクトリアの笑顔です。無邪気で元気がなによりグレッグの心を暖めてくれます。墓参りで悪態をついたポケットで潰れた花を取り出すのもグッド。

 

終わりに

 泣きそうになりながら読み返しました。感想を言葉にしようとすると、今まで読み流していたシーンにも新たな発見があって得した気分になります。

 

 単行本発売まであと一ヶ月、ヴィクトリアの教えを胸に生き抜きます。

 

それでは次回も、なにとぞよしなに。

 

ブラック・テラー (バンブーコミックス タタン)

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