2018年発表作品で(個人的に)最も面白い『ブラック・テラー』(三堂マツリ:著)の各話感想・紹介記事(ネタバレ含む)を書いていきます。
短いページ数の中で繰り広げられる絵本のようなファンタジックな絵柄と、あなたの予想を裏切るスリリングな展開が織りなす極上のショートストーリーを是非ともお楽しみください。
『ブラック・テラー』8話が更新されました。
— 三堂マツリ (@mido_mads) 2018年11月23日
死の匂いに惹かれる女の子のお話です。よろしくお願いいたします。https://t.co/AiQYaGDX5Z pic.twitter.com/prHzNAemK8
紹介
起
アイビーと呼ばれる幼い少女が病院にいるのは祖母のお見舞いをする為だった。彼女は祖母が好きだったが、同じくらい病院の匂いが好きだった。
”腐ったリンゴ” ”錆びた鉄” ”薄めた薬品”
それらがいわゆる「死の匂い」だと悟ったのは 祖母がその三日後に亡くなったから。
成長し少し大人びたものの、まだあどけなさの残るアイビーは花屋を訪れていた。
彼女は店先でも奥の方にある赤い花に目を付ける。枯れかけているから売り物にならないと断る店主に食い下がるアイビー。彼女は買い取った赤い花を嗅ぎながら呟く。
「いい匂い・・・あと 一日・・・くらいかな」
承
花の匂いを楽しんでいたアイビーが通りを歩いていると、一人の浮浪者が目に付いた。
「あと 五日くらいかな・・・」
いきなり現れた少女に対して男は露骨に嫌そうな顔をしたが、そんな彼の態度を気にも留めないようにアイビーは自己紹介をする。男も自らをジャックと名乗り、先程の「あと五日」という言葉の意味を尋ねる。
アイビーは愛おしそうにジャックの胸に顔を埋めながら、自分が生きものの死の匂いを嗅ぎ取ることが出来ることを淡々と告げる。それを聞いた彼は冷や汗をかいた。
しかしすぐにその場に寝転がり「ま そろそろだと思ってたよ・・・」と諦めたような様子であった。
転
ジャックの落ち着いた姿に今度はアイビーが驚いた。それは彼が自らの運命をいとも簡単に受け入れた事ではなく、彼女が「死の匂い」を嗅ぎ分けるとわかっても恐れない事にである。
アイビーは幼い頃からその能力の為に周囲から怖れ煙たがられていた。それに対してジャックは事も無げに言い返す。彼女が近づくから死ぬのではなく死が近いものに彼女が惹かれるのだから、死を達観した自分にとっては何も怖くない、と。
これまで忌み嫌われてきたアイビーにとってその言葉はとても嬉しかった。彼女は気怠げに寝転がるジャックに寄り添い、彼の「死の匂い」を思う存分に堪能している。
月明かりの下、2人だけの夜が静かに更けていく。
結
時は流れ、アイビーは墓前に枯れかけた花を供えている。すると彼女の後姿に一人の男が声をかけた。以前とは打って変わって、身なりのしっかりとしたジャックであった。
アイビーと出会った夜、ジャックは密かに姿を消していた。一度は死を受け入れた彼であったが、彼女を見ている内に運命へと悪あがきをしたくなったのだという。
「死の匂い」から生き延びた彼は彼女に感謝しこれからも一緒にいたいと願う。その旨を告げようとした矢先に彼女が呟く。
「・・・・・・ いい匂い」
その言葉に驚きを隠せないジャックにアイビーは畳み掛ける。
「せっけんと 新しいスーツの匂い」
そしてアイビーは大好きだった祖母のお墓の前で、ジャックに寄り添うのであった。
感想
今回は切なく不気味なホラーテイストになると思いきや、非常にハートウォーミングな結末を迎えました。
死が近いという実感に向き合った時、人はどう行動するのか。残りわずかとわかった命をどう使うのか、それは人それぞれです。
死を予見するというアイビーの能力に周囲の人々は恐れを抱きました。もしそれが事故や災害による、自らの力が到底及ばない事象によるものであれば膝を抱えて眠るしかないでしょう。
しかしジャックの場合は違いました。彼の死は彼の諦観の行き着く先にあるもので、自ら結末を変える余地がありました。そして彼はあがき、飢えや寒さによる死を免れることが出来たのです。
このようにアイビーの能力はジャックとの出会いによって、誰かを絶望の淵へ追いやるだけでなく、その命を救う能力へと昇華されたのです。
天は自ら助くる者を助く とも 人事を尽くして天命を待つ とも。
人間の可能性、希望を改めて考えさせられる良いお話だったと思います。
それにしても、三堂先生が描く女性はいつも可愛いですね。今回の結末も、身も蓋もない事を言ってしまうと、これに尽きると思います笑
終わりに
ブラック・テラーはその舞台設定から、良い話と悪い話のどちらが来るのか予測がつきません。これは一重にどちらにも振れる独特な絵柄と淡々としたストーリー展開が成しえる技です。
個人的には敬愛する道満晴明先生のショートストーリーに匹敵する存在になるのではないかと密かに期待しています。
それでは次回も、なにとぞよしなに