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#毎日古典 #孫子 その4 形編

 Twitterは毎日手軽に更新できるけど、ブログに纏めるとなると解説に時間がかかる!というわけで遅れ気味ですが気を確かにもって第4章をまとめていきます。

 

 いやぁ、定期更新って大変だなぁ……。 

孫子 (講談社学術文庫)

孫子 (講談社学術文庫)

 

 

 

 

形編

先ず勝つ可からざるを為して

 

 戦いは敵に勝利することに注目が集まりがちだがまずは負けない事が絶対条件。いかに殊勲を挙げたとしても味方が敗退しては元も子も有りません。まずは打ち破られない鉄壁の守備を築くことで味方の敗走を防ぎ、それからようやく敵の弱点を突いて攻勢をかけるべきなのです。

 また守備は攻撃よりも必要となる戦力に余裕があり、自己努力の範囲内で達成できる余地が大きくあります。それに対して攻撃は味方の戦力が攻撃要員と守備要員に分断される上、敵側の出方によって不確定要因が守備よりも多く起こり得ます。

 以上からまず敵の勝利の芽を摘み(勝つ可からざるを為して)、その上で計略や用兵を駆使して敵の体制を崩すのが戦闘の基本であると言えます。

 

 ビジネスでも多額の開発費をかけて新商品の開発に成功しても、それがヒットして軌道に乗る前に会社が潰れてしまっては意味がありません。失うものが少ない新興ベンチャーであれば一発逆転を目指しても構いませんが、ある程度の規模がある会社は他よりも慎重な経営判断が求められます。

 また企業の守備という意味では、昨今はコンプライアンスの徹底も含まれます。大きな利益を上げていたり人気があったりしても、一部の不祥事が大きくなって経営が傾くという事態はいつ起こるかわかりません。市場への攻めばかり意識しすぎて身近な問題を見逃さないよう、日頃から社内体制の強化を図る必要があります。

 

勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い

 

 優れた策略家とは決して劇的な勝利を良しとはしません。彼らに求められるのは一見地味で危なげなく、周囲から見れば「勝って当たり前」と思われるような戦況を組み立てる事です。歴史の表舞台に立つ君主には民衆からあがめられるようなカリスマ性が必要であり、そのためには見栄えの良い英雄譚が似合いますが、その陰で暗躍する策略家には無用の長物。

 策略家は事前の入念な準備の上で開戦の是非や彼我の優劣を冷静に判断し、開戦前に勝利を確信できるようなお膳立てをすることが最大の任務です。実際に戦うのはこうした策謀の積み重ねの答え合わせに過ぎません。地味でつまらない勝利は決して怠惰によるものではなく、血の滲むような努力の積み重ねによって戦場の流血を抑えているのです。

 

 ビジネスにおいて新商品やキャンペーンといったものは、本来は導入せずに利益を上げるのが理想と言えます。世の中には派手な広告を打たず一般的な認知度は低いものの、業界の中ではトップシェアを誇るという企業が山ほどあります。そういった企業の商品は既に完成されており、時代に即したマイナーチェンジを施すだけでユーザを満足させることができます。

 大量生産・大量消費型の社会システムが浸透したことで世の中には常に”最新”を追いかける風潮がありますが、本当に優れている商品はデザイン変更や機能追加がなくとも着実に利益を積み重ねてくれます。こうした長く広く愛されるロングセラー・ベストセラー(確実に勝てる商品)を創出することが事業の究極の目的と言えます。

 

善なる者は道を修めて法を保つ

 

 道とは上記の「守備を重視する」「堅実な勝利を目指す」を示しています。その上で5つのステップ(法)を経た考え方をすることが重要だと述べています。

 一つ目は行軍距離を測る。味方の拠点、敵の城、平野など戦場となる事が予想される地点を結ぶ距離を数量的に把握できます。二つ目は距離に応じた兵站を量る。行軍距離と平均的な進軍速度を照らし合わせることで戦場へ到着するまでの日数が算出でき、それに応じた兵站の必要量が導き出されます。三つ目は兵站に応じた兵数を計る。遠征のために用意できる兵站と日数を掛け合わせることで戦場に動員できる兵数が具体的になります。四つ目は兵数に応じた戦力差を図る。同様のステップで敵の兵数にも大まかな目途を付けることが可能となり、彼我の戦力差を想定できます。最後は戦力差に応じた策略を謀る。戦力の大小が明確であれば自ずと戦術も絞られていきます。

 主観的な判断によらず戦況を客観的にみつめることで有効な手段は限られてきます。開戦の是非も含めて、定量的な材料を基にした方策を採用すれば、多少の失敗はあったとしても生死を左右するような窮地には陥りません。

 

 この項目に関しては適切なビジネス例が思い浮かびませんでした。降参!

 

積水を千仭の谷に決する

 

 ここでは戦闘に臨む兵の勢いを堰き止めた水流の勢いに例えています。当時は軍隊と言っても徴用された農民が大半を占めており、日常的に訓練を受けている正規軍は少数でした。そのため指揮官は、いわば烏合の衆とも呼べる、練度の低い軍勢をいかに効率的に動かすかという悩みを慢性的に抱えていました。

 そこで戦果を個々人の奮闘に任せるのではなく、戦う環境を整えることで正規兵と農民のバラつきを少なくし、全体が一丸となって戦果を挙げることを目指したのです。具体的な運用は以後の項目で取り上げていますが、この「全軍の能力をボトムアップさせて短期決戦に持ち込む」という考え方は孫子全体に共通する根幹となる要素です。

 

 ビジネスでも全社員が常に100%の力を発揮しているとは言えません。働きアリの法則やパレートの法則と言われるように、一部の社員による120%の努力がその他大勢の80%程度のパフォーマンスを補っています。こうした不健全な状態を解消するためには経営者が社内組織にしっかりと向き合い、自然とやる気が湧くを環境を整備しなければなりません。

 会社の規模が大きくなるにつれて末端の全社員まで直接指示を出すことは非効率ですし不可能です。そこで常日頃から組織編成や意思疎通に注力し、新規事業や転換を迎える際には本当の意味で全員が一丸となって取り組める企業風土を醸成することが経営者の最大の役割なのです。

 

終わりに

 源義経織田信長といった所謂”英雄”はドラマティックな大逆転劇によって今なお語り継がれるスターとして歴史に名を遺しています。しかしそれらは一種の無謀な賭けでもあり、多くの兵や民衆の生殺与奪を握る指揮官としては褒められたものではありません。

 (もしかすると一ノ谷や桶狭間すら彼らにとっては勝算の高い奇策だったのかもしれませんが、それは余人のあずかり知らぬところです。少なくとも私には到底理解が及びません。)

 

 孫子の教えに近いのは武田信玄徳川家康といった”敗戦率が低く”、”致命的な敗戦が少ない”戦いを繰り広げた武将達です(上田原や三方ヶ原には目を瞑りつつ)。情勢を見極めて不利な場面では開戦を避け、政治的・軍勢的に有利な場面で着実に勝ちを重ねています。そんな彼らは後世においても名君と讃えられています。

 

 パッと有名になるにはセンスや運といった要素が多分に含まれますが、名は知られずとも堅実な結果を残すことは努力の積み重ねで誰にでも再現できると信じています。

 

それでは次回も、なにとぞよしなに

孫子 (講談社学術文庫)

孫子 (講談社学術文庫)