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ブラック・テラー / 三堂マツリ 第5話 感想・紹介記事

 2018年発表作品で(個人的に)最も面白い『ブラック・テラー』(三堂マツリ:著)の各話感想・紹介記事(ネタバレ含む)を書いていきます。

 短いページ数の中で繰り広げられる絵本のようなファンタジックな絵柄と、あなたの予想を裏切るスリリングな展開が織りなす極上のショートストーリーを是非ともお楽しみください。

 

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紹介 

 「ねぇねぇ ダグラスって殺人鬼知ってる?」「殺人鬼?」「泥棒じゃなかった?」「ああ・・・靴泥棒だろ?」「殺した人の靴をコレクションしてるらしいわ」「えーっ 恐い・・・」「部屋中靴でいっぱいって話だぜ」

  ジュース屋前のベンチに座る3人の男女が他愛もない噂話に花を咲かせる。

 

 近くで聞き耳を立てる少年は心の中で「惜しい!」と呟く。

 彼の名はダミアン・ダグラス。靴泥棒。でも人に危害は加えない。

 そして最後に・・・

 部屋中 靴で いっぱいってのも 大当たり

 

 まるで鳥が巣を草木で埋め尽くすように、ダグラスの部屋も靴で埋め尽くされている。しかし揺りかごに寝転がる彼はリラックスしているようには見えない。

 

 考えている。なぜ靴を集めるのか?なぜ新品を集めないのか?なぜどの靴もしっくりこないのか?

 何か理由があったはずなんだけど・・・

 

 夜道のさらに暗がりに潜むダグラス。いつものように慣れた手つきで道行く人の靴を盗もうとする。その最中にも彼は考える。

 「親の顔すらほとんど思い出せないしな」「けど 何だろう」「その辺のことが関係してる気が・・・」

 

 その時、一人の男がダグラスに向かって叫んだ。

 「やっと見つけた!」「君 この間落とした私の靴を拾って持ってっただろう!」

 

 突然の事に狼狽えるダグラス。

 「い いや あの・・・ でも・・・」「俺まだ答えを見つけてなくて・・・」

 怪訝な表情の男をよそにダグラスは逃げ出す。男も慌てて彼を追う。

 

 「もう少しで思い出せそうなのに」「俺が靴にこだわる理由」

 「しかも新品じゃなくて 誰かが履いた靴・・・」「誰かが・・・」

 

 「誰が?」

 

 「捕まえた!」

 

 その瞬間ダグラスの脳裏にイメージが浮かぶ。それは幼い頃の記憶。

 

 「捕まえた!」

 

 靴を抱える幼いダグラスは腕を掴まれた。彼が持つのは父親の靴。

 仕事に行かないでほしくて、駄々をこねて、父の靴を盗んだ。

 

 そんなダグラスに父親は優しく諭す。

 「いつも言ってるだろ ダミアン」「すぐに帰ってくるから」

 

 男に腕を掴まれたダミアンは振り返り呟く。

 「父さん・・・」

 

 ダミアンの部屋。彼は父親に自分の想いを溢す。

 結局あれ以来帰って来なかった父親。ダミアンはもう一度父親に捕まえてほしかった。どこにも行かないでほしかった。ずっと探していたのはあの日の父さんの靴。

 

 父親は部屋中に敷き詰められた靴の中で目当ての靴を探しす。

 「血は争えんということか」

 

 その時、ついに父親は自分の靴を見つける。

 それはサイズの小さな、女性用のハイヒール。

 

 「ねぇねぇ」「ダグラスって殺人鬼知ってる?」「殺した人の靴をコレクションしてるらしいわ」

 

 慄くダミアンをよそに父親は語る。

 

 「靴というのは・・・服や体ほど頻繁には洗わないものだ」

 「そこが良い」「その人物しか持ち得ない色々な匂いや汚れが染み付いている」

 「だからコレがあればいつだってー」

 

  「どんな人を殺めたか思い出せるんだ」

 

 父親から逃げ出そうとするダミアン。しかし自身の靴紐を踏んでよろけてしまう。彼にゆっくりと近づく父親。

 

 その表情はとても優しく、ゆっくりと、だがしっかりとダミアンの靴を掴む。

 

 「またいつでも思い返してやるからな」

 

感想

 靴を盗む少年と靴の持ち主の命を盗む父親の物語。三堂先生の叙述トリックが見事に光る一編ですね。

 

 スニーカーや革靴、パンプスにハイヒールと、ダミアンはとにかく靴を盗みまくります。後に深層意識にある父親への郷愁が根底にあると判明しますが、父親に会うまでは自分でもわからないまま集め続けます。

 

 あなたにも「なんだかわからないけど、好きで集めてしまうもの」ってありますか?

 

 私も含めて、大人になるにつれてどんどん身の回りには合理的なものが増えていきます。その究極にあるのがミニマリストなのですが、とにかく自分が「意味」で固められていく。

 

 生物としては最短最速最大効用を目指すのが正しいのですが、文明人としてはやや窮屈な感じもあります。この感覚、おわかりいただけるでしょうか?

 


ゆらゆら帝国 / 空洞です Live at Factory

 

空洞です 

空洞です 

 

 

 とはいえ私自身、意味を求める生活ばかりを送っています。身体は豊かだけど、心は少し不自由な気分。たまには無意味に浸る時間も作らなければと思う次第です。

 

 そんな有閑貴族のような考えに想いを馳せた前半とは打って変わり、後半はどんでん返しが待っています。

 

 冒頭の噂話がダミアン自身に返ってくる後半パート。血は争えないというように、ダミアンも父親も"他人の靴"に特別な執着を示しています。

 但しその執着の仕方には違いがあります。

 

 ダミアンの靴好きは忙しい父親への愛情が変化したもの。家族への満たされない想いを埋める為のパスポート。そう考えれば、彼が靴に囲まれている場面を鳥の巣と卵に見立てたのも納得です。

 かたや父親は快楽殺人が大元にあり、その戦利品として最も特徴強い靴を集めています。

 

 ダミアンは想いを増幅させるには靴でなければならないが、父親は結果として靴が残っただけということ。

 

 言葉にするのが難しいのですが、要するにダミアンと父親の靴への偏執は根本的に違うと言いたいのです。そういう意味では「血は争えない」と(父親が勝手に言い放つのは)御門違いなお話。

 

 よってラストシーンの父親の柔和な微笑みに潜むのは息子への愛情ではなく、ワンオブゼムな被害者への狂気だけなのではないか。巣にいくつかある卵の内の一つだけが割られているように。

 

終わりに

 集めると言えば、第1話のウィルも瞳孔の写真を蒐めていましたね。彼もまた親から愛されなかった寂しさを埋めるという理由がありました。

 

 心の中の埋められない想いを満たす為に身の回りを何かで囲まれたいというのは特別な感情ではありません。テレビなどで取り上げられるゴミ屋敷も、孤独感や飢餓感が発端となるケースが多いようですし。

 

 それでは満たされない欲求を、他人には迷惑をかけない形で発散することはできないのでしょうか。

 

 とりあえず私はこの作品の感想を共有したいという欲求を、記事を書くことを通して発散しています。

願わくば、この記事を肯定的に受け止めてくれる方のほうが多いように。

 

それでは次回も、なにとぞよしなに。

 

ブラック・テラー (バンブーコミックス タタン)

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